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浦和地方裁判所 昭和35年(わ)149号 判決 1963年1月16日

主文

被告人等は、いずれも無罪

理由

第一、公訴事実

本件公訴事実の要旨は、被告人高橋堅治、同前川昭典は、いずれも埼玉旅客自動車労働組合川越乗用自動車支部の争議指導に当つていたもの、同熊沢隆致は、川越市大字川越字南町八五六番地所在川越乗用自動車株式会社の従業員で前記組合支部委員長、同水落賢三は、もと右会社従業員で、右組合支部執行委員であるところ、同組合支部では、被告人水落外一名の解雇をめぐつて無期限ストライキを敢行し、右会社西町営業所車庫、及び南町営業所車庫に格納してあつた同会社所有の営業用自動車一九台に附属する自動車検査証及びエンジンキイを、右会社の返還要求があつたにも拘らずこれに応ぜず、内一八台につき右会社では、昭和三四年一〇月二四日附で浦和地方裁判所川越支部裁判官土方一義のなした、前記組合支部に対し、右自動車検査証及びエンジンキイの同会社への返還並びに会社側の車の出し入れ、その他正常な執務の妨害禁止を命ずる旨の仮処分決定を執行吏永尾丈夫に委任して執行しようとしたので、このまま推移するにおいては前記自動車検査証及びエンジンキイが会社側に帰し、会社側において前記自動車を使用して自由に操業するに至るであろうことをおそれ、前記自動車並びにこれに附属する自動車検査証及びエンジンキイを擅に埼玉県外へ持去ろうと企て、ここに被告人四名は、同支部組合員等と共謀の上、同月二七日午前三時頃川越市脇田町九一番地所在の右会社西町営業所車庫より同所に格納中の同会社所有にかかる営業用自動車六台、同市大字川越字南町八五六番地所在の同会社南町営業所より同所に格納中の右自動車一二台(別表記載の合計一八台)を持去り以て窃取するとともに、前記組合支部に対する会社所有の自動車検査証及びエンジンキイを右会社へ返還すべきことを命じた前記仮処分決定の執行を免れる目的で、右西町営業所より前記六台の自動車に附属する自動車検査証中五枚及びエンジンキイ中五個並びに右南町営業所より前記一二台の自動車に附属する自動車検査証一二枚及びエンジンキイ一二個(別表記載のとおり自動車検査証合計一七枚、エンジンキイ合計一七個)を持去り以て隠匿したものである。というのである。

別表(省略)

第二、被告人等の経歴並びに本件発生に至るまでの経緯について、当裁判所の認定した事実は次のとおりである。

(一)  被告人等の経歴及び地位

被告人高橋堅治は日本労働組合総評議会のオルグとして、被告人前川昭典は当時埼玉県旅客自動車労働組合連合会のオルグとして、共に埼玉県下の中小企業の労働者の組合組織化並びに労働争議の指導に従事していたもの、被告人熊沢隆致、同水落賢三は川越乗用自動車株式会社の運転手で、被告人熊沢は本件発生当時埼玉県旅客自動車労働組合川越乗用自動車支部の支部長、被告人水落は同支部の執行委員であつた。

(二)  川越乗用自動車株式会社の機構並びに同会社従業員の待遇及び勤務状況

川越乗用自動車株式会社(以下川越乗用又は会社と略称する)は昭和一六年に設立され、一般乗用旅客自動車運送(主としてハイヤー、駅前構内タクシー)を営業の目的とする会社で、川越市大字脇田九一番地に本社並びに西町営業所を、同市大字川越字南町八五六番地に南町営業所を、埼玉県入間郡坂戸町大字坂戸二六四番地に、坂戸町駅前営業所を、同郡坂戸本町に坂戸本町営業所を、同郡福岡村に福岡営業所を有し、営業用自動車二三台を所有し、昭和三四年一〇月二〇日当時代表取締役岩崎芳郎以下役員を含み従業員四三名である。

なお同会社は個人企業を合体して設立されたもので、会社といつても人事機構等が完備されておらず、各営業所には責任者として営業所長又は次長が置かれているが、役員と運転手との区別がそれほど明確にされたわけではなく、運転手が休んだ場合には役員が自動車を運転して営業をしたり、電話の応対をするような状態であつた。又賃金についても給与体系が確立されていたわけではなく、岸崎社長自身が計算しており、従業員は自分達の給与がどのように計算された結果なのか全く知らない状況であり、給与の内訳は基本給及び諸名目の手当で、基本給四割に対して歩合給六割で給与体系が非常に不安定であつた。本件発生当時扶養家族三名の運転手の月給が一三、〇〇〇円という低賃金であつた。勿論就業規則もなく、失業保険にすら加入していなかつた。又営業用自動車二三台に対して運転手二七名であつたため、通常のタクシー会社では一車に二人、又は二車に三人の割合で、交替に勤務しているのに拘らず、川越乗用においては運転手は連日勤務で一週間に一日位の割合でしか休暇がとれない状態であつた。それに営業所には十分な休養室もなく、便所も満足に備えられていなかつた。なお自動車検査証及びエンジンキイの保管について見るに、エンジンキイは各営業所とも、黒板のチヨーク受けや机の抽出に入れたり、鴨居に打ちつけた釘に掛けたり、運転手が各自持ち帰つたりして運転手各自が責任を持つて保管しており、自動車検査証は自動車の物入れに入れて保管していた。

(三)  組合結成の経過

前述の如く川越乗用自動車株式会社においては、従業員の賃金が低く且つ労働条件なども劣悪であつたため、その改善要求のため従業員が一致団結する必要があると考え、従業員三四名は川越地方労働組合連絡協議会の支援を得て、昭和三四年八月八日労働組合を結成した。同組合は当初川越地区一般合同労働組合川越乗用自動車支部として発足し、同年九月埼玉県旅客自動車労働組合川越乗用自動車支部となり、現在は全国自動車交通労働組合埼玉地方本部川越乗用自動車支部と称している。発足当初の組合役員は、支部長熊沢隆致、副支部長神山満、書記長沢田勝男、執行委員水落賢三、岡村庄一、大野辰造、栗原厚博、岡野彰、大須賀斌司、萩厚博であり、組合事務所は南町営業所に置かれた。

同組合は結成後直ちに労働条件等の改善を要求して活溌な組合活動を開始し、会社に対し再三団体交渉を申し入れたが、岩崎芳郎社長は市議会が忙しいことを理由に団体交渉を拒否していた。そこで同組合は同年九月一三日午前七時より九月一四日午前七時まで結成以来最初のストライキを決行した。その結果会社は団体交渉に応じ、組合は団体交渉を通じて労働条件並びに設備等の改善を要求し、漸次改善されて来た。

(四)  被告人水落賢三外一名の解雇及び仮処分執行までの経過

会社側は岩崎社長始め役員が労働組合対策に不慣れのため新たに三名の者を役員として雇入れ、それらを組合対策にあたらせるとともに、昭和三四年一〇月二〇日付をもつて、組合結成当時から執行委員として熱心に組合運動を続けて来た水落賢三、大須賀斌司の両名を解雇した。その解雇の理由は、水落は三日間の無断欠勤をしたこと、大須賀は臨時雇であることであつた。そこで、組合は女子職員を除いた全組合員を招集して、川越市内の甲華楼で組合大会を開き、右水落、大須賀の解雇は不当労働行為であるとしてその撤回を要求し、その要求を貫徹するために昭和三四年一〇月二一日午後五時より無期限ストに突入することを決議し、その旨を南町営業所にいた小久保専務に口頭並びに書面により通知した。

そして、会社所有の自動車合計一八台を、西町営業所に六台、南町営業所に一二台と分けて、それぞれ組合の勢力下に置き、組合は会社に対し『エンジンキイ及び自動車検査証を、車両の盗難、火災等の予防のため、組合で責任をもつて保管する』旨を通告して、組合の幹部が自動車検査証及びエンジンキイを一括して保管した。

会社は組合からの右無期限スト及びエンジンキイ、車体検査証の保管通告に接し、直ちにエンジンキイ等の返還方を要求すると同時に、浦和地方裁判所川越支部に対して仮処分の申請をなし、同支部裁判官土方一義は昭和三四年一〇月二四日

一、被申請人(組合)は申請人(会社)に対し、その所有の自動車の車体検査証、エンジンキイ等を返還しなければならない。

二、被申請人は申請人の指定する従業員が別紙目録記載の車庫内に立ち入り、自動車の出し入れをなし、東上線川越、川越市上福岡、坂戸各駅構内駐車場において就業し且つ申請人の川越市南町、同脇田町、福岡村、坂戸町の各営業所において執務することを実力をもつて妨害してはならない。

三、申請人の委任する浦和地方裁判所執行吏は右各項の命令を執行し、又は妨害を排除するため必要に応じて適当な措置を講ずることができる。

との仮処分命令を発した。

そして、申請人は右仮処分命令の執行を執行吏に委任した結果、昭和三四年一〇月二六日午前十時頃、社長岩崎芳郎、取締役藤野五助、会社の代理人弁護士富岡誠等が、浦和地方裁判所川越支部執行吏永尾丈夫と共に、南町営業所に赴いたところ、同営業所では、南町大通りに面する無蓋車庫とその奥の有蓋車庫に、会社の車一二台が、道路の方へ後部を向け、縦四台、横三台づつ並べて格納されて居り、車庫の奥にある事務所には副委員長神山満、書記長沢田勝男等合計八名の組合員がいた。

そこで、永尾執行吏は、前記仮処分命令書を取り出し、そこにいた組合員に向い自己が執行吏であることを告げ、仮処分の命令書を読み上げ、組合の代表者に出て貰いたい旨のべたが、神山及び沢田は熊沢委員長は不在であるとのべた。永尾執行吏は、委員長に代る者が誰であるか尋ねたところ、社長岩崎芳長が神山が副委員長であり沢田が書記長である旨指示したので、同執行吏は、神山、沢田に対し、順次執行に立会う責任者としての署名を求めたが、二人ともそれを拒否した。それから執行吏はそこにいた組合員に対し、本件仮処分命令書の主文を読み上げ、右命令に基き自動車車体検査証とエンジンキイの引渡方を再三求めたが、これに応じなかつた。

永尾執行吏は、成り行きによつては家宅捜索をする意思で、その場の状況から警察官の援助を求める必要があると判断し、富岡弁護士と共に川越警察署に赴き、同署々長中勲に対して仮処分執行につき警察官の援助を要請し、同署長もこれを了承して警察官を派遣することにした。

そして、同日午前一一時三〇分頃、柳沢警部補以下一一名の警察官が仮処分執行援助のため南町営業所に赴き、同営業所前の路上に横隊形をつくつて待機した。

永尾執行吏はその場にいた組合員に対し、再び執行をするから妨害をしないで貰いたい旨を告げたところ、組合員の方から責任者が警察に行つて不在であり、間もなく戻るから、それまで待つて貰いたい旨の申出があつたので、執行吏も一時執行を見合せた。暫くしてもなお組合側の責任者が帰えらないので、会社側は執行吏の了解を得て、仮処分命令の第二項に基き車を移動させることにし、社長岩崎芳郎の指揮によりその場に待機していた会社側役職員が車を移動させようとしたところ組合員が車の周囲にスクラムを組んで立ちはだかつたり、車の前に坐り込んだりしてこれを阻止した。

そこへ被告人高橋、同前川、同熊沢等がタクシーでかけつけ、被告人高橋が永尾執行吏に対して、穏便な解決をしたいから今日の執行は延期して貰いたい旨を申し入れ、同執行吏もこれを了承し、翌日午後三時まで仮処分の執行を延期することにし、その旨を関係者に告知し、正午頃その場を立ち去り、応援の警察官及び会社側の役職員等も南町営業所から引き揚げた。

(五)  被告人等が本件自動車を持ち出すに至つた事情

昭和三四年一〇月二六日午後七時頃、南町営業所の二階に被告人高橋、同前川、同熊沢、同水落、その他組合員二〇名、並びに応援団体の代表者等が集まり、被告人高橋が仮処分命令の内容の説明をした後今後の組合のとるべき対策の討議に入つたが、色々な議論が出たが結論はでなかつた。ところがその場に闘争指導に来ていたメトロ交通労働組合の組合員が『メトロ闘争記』と題するメトロ交通労働組合のストライキで自動車をつらねて大阪までパレードをした模様の幻灯を見せたので、その場に居合わせた組合員の間から自分達も今回の要求を貫徹するために会社の自動車をどこかに持ち出そうという意見がでて、その場に居合わせた組合員一同が、投票した結果全員一致で自動車を移動することに決定し、再び投票した結果そこに集つていた組合員のうち大須賀、松山、吉野、栗原の四名が残ることになり、その他の者は全員で車を持ち出すことになつた。持ち出した後の自動車の保管場所に関してはメトロ交通労働組合の人々に心配して貰うことにし、組合幹部から自動車検査証及びエンジンキイが各運転担当者に手渡され、翌二七日午前三時頃、西町営業所及び南町営業所に格納してあつた自動車合計一九台のうち左記一八台を組合員が運転して一団となつて東京街道から環状線を経て、同日午前四時頃東京都港区穏田一丁目一二一番地メトロ交通株式会社穏田営業所に到着した。

別表(省略)

以上の事実は、≪中略≫を総合してこれを認めることができる。

第三、本件公訴事実についての当裁判所の判断

検察官は、本件被告人等が(一)会社所有の自動車一八台を埼玉県外に持出した点は『窃盗罪』を構成し、(二)西町営業所より同営業所々属自動車に附属する車体検査証五枚及びエンジンキイ五個並びに南町営業所より同営業所々属自動車に附属する車体検査証一二枚及びエンジンキイ一二個を持去つた行為は『強制執行免脱罪』(刑法第九六条の二)を構成すると主張し弁護人は被告人等の本件行為は『正当な争議行為』として行われたものであつて、いずれも労働組合法第一条第二項により免責されるものであるから、被告人等はいずれも無罪であると主張した。

よつて考えるに、前記認定のように被告人等が自動車並びに自動車車体検査証及びエンジンキイを埼玉県外に持出した行為は争議行為の一環として行われたものであることは明らかである。そこで右行為が正当な争議行為として刑事上の免責を受けるものであるかどうかにつき判断するに、そもそも憲法は第二八条で勤労者の団結権、団体交渉権、その他の団体行動権を保障すると共に、他方すべての国民に対して自由権、財産権等の基本的人権を保障している。そしてこの労働者の権利と一般国民の基本的人権とはいずれかの一方が他方に対して優位に立つというものではなく、互に平等の立場において調和すべきものであり、その調和点は法律制度の精神ことに労働者に労働三権を保障した理由を考察して個々の事案に即して合理的に決すべきである。そこで本件について考察するに、本件組合が被告人水落外一名の解雇の撤回を要求して無期限ストに突入し、会社所有の自動車一九台を南町及西町営業所に格納し、その車体検査証及びエンジンキイを組合幹部が保管したことは、一般生産工場の労働者が同盟罷業を行い、非組合員の就業を阻止するためにピケツテイングを張る場合に匹敵するものであつて、ハイヤー・タクシー営業の運転手の争議行為として許容された範囲のものであることは明らかである。しかしながら、前述の被告人等のなした営業所に格納した自動車を車体検査証及びエンジンキイと共に埼玉県外に搬出するような行為は、一般的に云えば元来使用者側にとどめられるべき生産手段を使用者の意思に反して使用者の支配から脱出せしめることになるから労使対等の原則を破るものといわなければならない。しかしながら、本件の場合被告人等が会社所有の一八台の自動車を持出すに至つた経緯は既に認定の如く、会社側の申請により、昭和三四年一〇月二四日浦和地方裁判所川越支部裁判官土方一義のなした仮処分決定に対処するためである。

思うに労働争議の態様或は手段は、その時々の具体的実態に応じて色々に変化して行くものであるが、かかる労働争議に対して、阻止することのできない強力な国家権力により強制される仮処分決定が行われ、それが執行されることになると、それはその争議について最も決定的且つ重大な影響を及ぼすことになる。ことに会社側の申請する仮処分は争議関係に影響を与えて組合の争議行為を制限又は禁止することを事実上の目的としており、裁判所がこれを安易に是認することはまさに使用者たる会社側の目的を現実に一方的に達成せしめる結果となる。従つて労働争議中使用者側組合側のいずれから仮処分の申請がなされても、裁判所としては、仮処分の決定を出すかどうか又決定を出すにしてもその内容について極めて慎重な態度をとるべきであつて、いやしくも労働法の精神(労使対等の原則)を破るが如き内容の仮処分を出すことは差し控えなければならない。

ところで、本件争議の発端は川越乗用自動車株式会社における労働組合の活動がようやく軌道に乗り漸次労働条件も改善されつつあつた時に、会社がいわば、組合の弱体化をねらうが如く突然執行委員二名を解雇したことにあり、被告人等にとつては、組合の崩壊を防ぎ、組合員の団結を強化するために何んとしても右解雇を撤回させなければならない状況に陥いつたため、組合側は無期限ストに入り、当初自動車を南町又は西町営業所に格納してピケツテイングを張るといういわば正常な方法による同盟罷業を実施していたところ、会社側より昭和三四年一〇月二三日仮処分の申請がなされ、即日組合に対して審尋のための出頭勧告があつたが、委員長不在のため出頭しなかつたところ、ただちに翌二四日決定されたもので、慎重を期すべき労働仮処分事件において組合側の意見を聴取されずになされたものである。

しかも本件仮処分の内容につき仔細に検討してみると、主文第一項には、申請人所有の自動車の車体検査証、エンジンキイ等を申請人に返還しなければならないとあつて、その表現たるや極めて抽象的である。そもそも自動車については、自動車登録令に定める登録申請により、登録番号、車名型式、車台番号、原動機番号等が特定され、他車との識別が容易にできるのであつて、その自動車は定期的に主管庁の検査を受けた上、番号を付した自動車検査証が交付され、その自動車毎にエンジンキイが附属される。しかるに本件仮処分には、自動車の登録番号も車体検査証番号も具体的に表現されず、又、エンジンキイについても、どの自動車のものか表示されていない極めて不完全な抽象的表現であつて、同一性を認識することが困難であり特定性に欠けるものである。又車体検査証、エンジンキイ等を申請人たる会社に返還することを命じている点は労働仮処分を出すと徒らに争議の解決を遷延させ、刑事問題を惹起する危険があるので、労働仮処分における物の引渡、保管を命ずる仮処分は慎重を要し、物の保管は銀行その他信用ある第三者に命ずるのが通例である。ところが本件の仮処分では車体検査証、エンジンキイを申請人たる会社に返還を命じているが、若しこの仮処分が内容どおり執行されたとしたら、会社は何等の痛痒を感ずることなく新に運転手を雇入れ返還されたエンジンキイにより、主文第二項記載の車庫内から自動車を自由に出し入れして営業することが容易になり、争働争議における労使対等の調和は破壊される結果となる。しかも主文第二項は、組合員の西町及び南町営業所車庫内への立ち入り禁止、会社側の自動車の出し入れ及び非組合員の就業を阻止することの禁止を内容とするものであるが、ハイヤー・タクシー会社の労働組合の争議行為の態様は組合が会社所有の自動車を会社の車庫又は一定の場所に集結させ、非組合員等の就業を阻止するためにピケッティングを張るのを常態としており、又このような手段方法を採用して始めて使用者側と対等の立場に立つて団体交渉をなしうるのである。

ところが本件仮処分の主文第二項の内容たるや、実質的にみて組合に対してかかる争議手段をとることを禁止するものであつて、この仮処分が執行された暁には憲法が労働者に保障する団結権、団体交渉権は有名無実に帰し、本件争議は組合側の一方的惨敗に終ることは明白であるから本件仮処分は労働者の有するこれらの権利を否定するに均しく、又労働法の精神である労使対等の原則を無視するものであり、ひいてはハイヤー・タクシー会社の労働者の争議権を剥奪するものといわなければならない。

以上に述べたような事情のもとでは、組合側が会社所有の自動車一九台を南町及び西町営業所に格納し、その車体検査証及びエンジンキイを組合幹部が保管すること以上に出て、その営業所に格納した自動車並びに車体検査証及びエンジンキイを埼玉県外に搬出したことは労働争議における労使対等の原則を回復するためになされた止むを得ない行為であると認められる。

もとより違法な仮処分決定とは云つても国家権力の権威をもつてひとたび出された以上は、恣意的に無視することは許されず、適当な手続を履んで異議の申立をなして救済を受けるべきである。

しかしながら現実には手続の複雑なこと、裁判所における事件数のぼう大なこと等から、正当な手続を踏んだ異議申立により救済を受けるには長時間を必要とすること、しかも本件の場合、前述の如く、劣悪な労働条件の改善を目的とした争議行為の一環であり、組合側には長期間の争議に耐え得る余力がなく、早急な争議の解決を必要としていたこと、しかも前記認定のとおり本件仮処分の内容が現実に執行された暁には本件争議は組合側の惨敗に帰することは明白であり、結局組合側にとつて取り返しのつかない結果となること、これらの諸情勢を総合して判断すると、被告人等の本件行為は憲法によつて保障された労働者の争議権を現実に実現するためになされた無理からぬ行為であり、違法性を阻却するものと解するのを相当とする。

もつとも第一一回及び第一二回公判調書中証人渡辺庚子≪中略≫を総合すると、一部組合員が東京都内で二、三の車を使用して営業行為をしたことが認められるが、被告人等が本件自動車を搬出することを協議した際に、その自動車を使用して営業を行い、闘争資金を捻出しようとの協議がなされたことを認め得る証拠は何等存在しない。従つて右営業行為の事実は前記違法性の判断に何等影響を及ぼすものではない。

第四、結論

以上詳論したことから明らかなように、本件公訴事実はいずれも違法性を阻却し罪とならないから刑事訴訟法第三三六条により被告人等に対し無罪の言渡をすることにする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西幹毀一 裁判官 白井博 鵜沢秀行)

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